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◎ 化成主義文化

「相似会 日本民族の本来性と神名理論」(「アメノミナカヌシノミコト」とは「磁力」の働きを示す物理用語)

日本は明治維新以来、急速に日本民族の本来性から、遠くかけ離れたものを、持ち込んで教育を行い、政治を施した。思想も経済も舶来を尊重して今日を招来した。今日においても、指導層に属する多くの人達は、原書を得意とした教育、日本的な知性や理性を歪めた教育を受けた人達である。そして模倣することの恥を忘れた人達である。

日本民族の本来性は、長い歴史と地理的環境に、培養されたものであり、古代人の優れた独創力を享け継いだものである。そして、日本民族の本来性は、社会の発展に役立つ最高の価値ある指導を自らの手で創造することが出来るのである。創造は復古の途からでもなく、模倣の途からでもない。

直観理性の鍛錬の途から生成されることを忘れてはならない。直感理性は今日の知識人に乏しい。
今日の知識人は米ソの提唱に追従すること以外は、総てが反動であり、逆コースであり、非民主的であると思い込んでおる人達である。
帝王制的君主々義、別言すれば立憲君主主義という明治以降の日本の指導も、また敗戦に依ってかち得たという民主々義の指導も、日本代族の本来性から創造されたものではない。従って日本民族社会の発展に役立つ、最高の価値ある指導でない。
直感理性に富む人達はやがて其の過誤を化成する指導を創造するであろう。

天皇は日本の象徴ではない。また神の影像でもない。
日本民族社会の発展に役立つ最高の価値ある指導として、古代人の創造した象徴である。
それは無限遠の対向存在に対しての直感理性から把握した心象である。古代人的に表現すれば、隠身世(カクレミヨ)の存在を象徴したことになる。

万物万象は無限遠の対向存在によって現象されるという見解は、もっとも新しい現代理学にもとづくものであり、日本古代人の直感理性は隠身世(カクレミヨ)の支配に従って、限身世(カギリミヨ)の現象(ミコト)があるという見解を持ったのである。
最も新しい現代理学に基づくものであり、日本古代人の直感理性は隠身世(カクレミヨ)の支配に従って限身世(カギリミヨ)の現象(ミコト)があるという見解をもったのである。

我国には古代の文化史として今日に遺された文献は少くない。またそれ等の文献の解説書は今日多数ある。一般的に言えば、後代人の考察を加えた判断ではあるが、言霊として大和言葉に伝承される意義に基づいた解釈が行われておる。
残念なことには古代人の直感理性に基づく神名に示す内容を、理学的に翻訳することなく、文学的に取り扱った低調にして、歪曲された解釈が多い。その甚だしきは古事記の内容を、肉体文学であるとして、勝手な解釈をして得々としておるのがある。

直感理性を鍛練し、一応は現代理学の教養を身に着けている人達の解釈によれば、古代人が神名に示した内容は、自然に関する現象と理論を伝えるものであり、古代人の直感理性により把握した自然科学とも言うべき見解が表明されておるのである。
一体、神(カミ)を求めるということは、物事の始祖を追求し、起源を探求しようとする人間の本性に基いておる欲求である。哲学や科学の方法で、真理を究明することと、同一の人間本性から出発しておることであり、古今東西に変りない人間の意欲である。

日本古代人の直感理性は、宇宙には客観の世界(カギリミヨ限身界)と、超客観の世界(カクリミヨ・隠身界)とがあり、神は、即ち起源は、カクリミヨに潜在する存在である。そして尊、命は、神の働き(機能)によって、カギリミヨに顕現するという判断を下した。
この事は、実体は虚体に対向し、正象は負象に対向するという考え方である。今日最も新らしい素粒子理論において、実体は負の粒子を肯定することによって本質論に進展するという考え方に一致し、反粒子並に逆スピンの存在を験証して、無限遠の対向存在を肯定した科学と一致する。

古代人の直感理性による神は、実在即ち力とか、勢力とか、物質とか、またはそれらの関連する種々の現象というような、客観の対象を意識したものではなく、力を生み、勢力や物質を生むに必要な負的条件が、神として意識されたのである。
そしてまた、力や勢力や物質が相関的に作用して、現象を成立させるために必要な負的条件が神として意識され、神名に表現されておる。またいろいろな力や勢力や物質は、神の対向があって初めて成り立つ現象であり、何れもミコトであると意識されて、ミコト名に表現されておる。

今日までの科学は、唯物哲学と共に、認識の限界を、存在確認の出来る実存在(ミコト)に置いておる。従って近似的に理解した対向存在の本質(神・カミ)は依然として神秘であり、探く神秘界を切り開く為めには、古代人の直感理性になる神名理論の方が、先進であるとして、示唆を求める必要がある。

古代人が神名に表明した内容は、言葉としてまたは文として綴り合わした内容ではない。配列された単一の声音一個一個に、盛り込まれた思念が、高次元に関連した概念を構成して、理論を表明しておるのである。
そして個々単一の声音の基底に在る、感覚内容や感情内容が、単一声音に盛り込まれた思念の元に当るのであり、物理量の次元が加えられて思念が構成されておるのである。
従って神名の意味する理論内容を識る為めには、個々の単一声音に就いて、その基底感覚を抽出すること、そして物理量の次元を解析して、思念を再現的に構造してみる必要がある。

例えばタカマノハラの第一声音(タ)は、基底の感覚が、自己より遠ざかるという感得に際して発せられた音である。この感得に物理量の次元である、距離(記号L)が加えられると、遠い位置の思念、即ち高いの(タ)他国の(タ)の如き思念に展開される。
また物理量の次元である、時間(記号T)が加えられると、時間の経過の思念となり、経つの(タ)の如くなる。
また(L3×T−1)即ち時間の経過と体積が関連して、水が溜まるの(タ)の如き思念に展開されるのである。

次に第二声音(カ)は、基底感覚が、自己に近接するという感得である。この感得に物理量(L2は)面積または物理量(L3)体積が、加えられると、空間を占める思念となる。即ち皮の(カ)懸かるの(カ)形の(カ)の如く思念が展開される。また物理量(L3×T−2)(体積を時間で割る)が加えられると、抱えるの(カ)冠りの(カ)の如き思念となる。
また物理量(T×T)(時間に於いて)が加えられると時間がかかるの(カ)の如き思念となる。また(懸かるという思念)×(形の思念)から霞すむの(カ)の思念に転換される。

第三声音(マ)は、基底感覚が、拡り的動きであり、基底感情は、連なりがあることによって生ずる感情である。拡りの思念は、物理量(L3)空間積が加えられ、空間的拡りとなる。間の(マ)の如き思念である。物理量(T3)時間積が加えられ時間の拡りとなる。間を置くの(マ)の如き思念である。
物理量(L3×T2)が加えられ廻わるの(マ)の如き思念となる。
基底感情としては、環境的周囲まわりの(マ)或いは、まつわるの(マ)となり、交渉的関連を示す場合は、ま夫の(マ)の如き思念に転換される。

従って(タカマ)は、時間と空間の拡りをもつ宇宙であり、現象と関連をもつ世界という概念内容が構造される。さていよいよ古典に残された神名に就いて、順次解析を行い、古代日本人の直感理性になる自然科学の見解を述べることにする。

(中略)

一般的には宇宙の祖神といわれる(アメノミナカヌシノカミ:古事記にはカミであり、上津文にはミコトと書かれておる)。

第一声音(ア)は基底感覚が、のびあがることの感得である。 葦の(ア)の如き思念である。物理量(L3×T−1)が加えられると、常に上部の位置を占めるという思念となる。例えば、あたまの(ア)または、兄、姉の(ア)の如く思念が展開される。
 第二声音(メ)は基底感覚が、空孔の存在を感得したものである。目の(メ)めぞの(メ)の如き思念である。

(中略)

  従って以上の声音思念を配列した(アメノミナカヌシノカミ)は天の場を支配する条件は、カクレミヨ即ち無限遠の世界の存在によって成り立つという理論を表明するものであり、天の支配者という人格化された神を表明しておるのではない。後代人が、宇宙の中枢にある、宇宙創造司掌という解釈は、文学的な低調な表明であり、客観の宇宙宇田に擬せられた表明ならば、ミコトである。
太陽系における、太陽的存在を表明する場合は即ち尊であり、負的条件に系わる神でない。言い換えれば、古代人の直感理性は、太陽の存在もまた太陽系の場が、成り立つことも、無限遠の超客観の宇宙に対向する存在が、あって初めて成り立つことであるという、判断を下しておったことが推定される。

  後代人の理性判断を、地球という限身世に就いて示すと、地球の自転軸(南北極を結ぶ方向)とほぼ等しい方向を中極軸といい、中極軸に磁力がある。その磁力が(アメノミナカヌシノミコト)に当り、地球の自転や地球表層における、いろいろな現象を成立てておると表明した例が、最高度の理学的判断と謂われよう。

  ところが古代人の直感理性によれば、次のように判断しておるのである。即ち地球中軸における磁力の存在は、地球の自転や公転の運動に基づいておる。そして地球の運動は太陽系の諸星の存在に基づいておる。そしてまた太陽系の存在は、超客観の宇宙の対向条件の存在に基づくという判断を下しておったのであって、近代科学以上の優れた直感理性で判断し得たと言える。

(中略)

最近に至るまでの科学は、力は物の属性であり、勢力は物に潜在するという唯物哲学の指導に基づいて発展した見解である。然し最近の反粒子や左旋転の粒子の検出に伴い、対向存在を無限遠に存在する対向に求めた哲学を、求めるに至り、起源的始祖的神の追求を、無限遠の対向に求めたことは、古代人の直感理性の判断に追従しておると言えよう。

「化成主義文化 NO.1 新しい物の観方・考え方」より引用

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